[弁護士コラム 41]賃貸ビルの購入と賃貸借の承継
私は,今般,賃貸テナントが入っているビルを購入しようと思っています。この場合,賃貸借は当然に引き継がれるのでしょうか。それともテナントに退去を求めることが可能なのでしょうか。
賃貸ビルの所有権が移転した場合に,新オーナーが既存の賃貸借を承継するか否かは,テナント川が賃借権を新オーナーに主張し得るための対抗要件を有しているか否かにより決まります。
賃借権の対抗要件は,原則は登記です。しかしながら,一般的に,賃借権の登記をしているケースはほとんどありません。
オーナーとテナントとの力関係から,登記まで要求できないのが通常だからです。
しかし,それでは,賃借人側が不安定な立場におかれてしまいますので,借地借家法31条では,「建物の賃貸借は,その登記がなくても,建物の引渡しがあったときは,その後その建物について物権を取得した者に対して,その効力を生ずる。」と定めています。
したがって,テナント側が通常の営業状態として,賃貸借契約後に,その引渡しを受けて使用していれば,テナントは新賃貸人に対して,借家権を対抗し主張することができることになります。
そこで,その場合には,従前の建物賃貸借関係が,そのまま新オーナーに引き継がれて,前オーナーは建物賃貸借関係からは離脱することになります。
従前の賃貸借の権利は全て引き継がれるのですか?
基本的には全ての権利が引き継がれます。
賃料額もそのままで引き継がれるのが原則です。
また,賃貸借に関して,たとえば「賃料を一定期間増額をしない」等の特約があった場合には,それも全て引き継がれます。
そのために,物件の購入にあたっては,きちんと賃貸借契約書を入手して,特約内容を精査する必要があります。
賃貸借の期間についても,従前の期間がそのまま引き継がれることになります。
なお,敷金も当然に引き継がれます。この点,建物譲渡代金から敷金返還債務額を差し引いて売買代金の決済をすることが多いと思いますが,仮にこのような合意がなくても,法律上は,当然に敷金返還債務を承継しますので,注意が必要です。
逆に当然に引き継がれないものとしては,保証金返還債務のうち,敷金の性質を有しないものは当然に引き継がれることはありません。建設協力金や,敷金としては高額の預託金等です。
そして,売買前の滞納賃料があった場合にも,特にこれを新オーナーが権利として引き継ぐ合意がない限りは,従前のオーナーの権利として残っています。
なお,保証人の関係もそのまま引き継がれます。一般的に債権の譲渡があった場合には,特約がない限りは,主たる債務についての保証債務は新債権者に対するものとなります。ですから,保証人側はオーナーチェンジがあったことを理由に保証を拒否することはできません。
保証した以上は,将来,オーナーチェンジがあることは当然に予想をすべきだからです。